どうして理想的じゃない相手を選んでしまうのかパート2(Update:2008.4.18)
“Broken Children, Grown-up pain” Paul Hegstrom著より
あなたは「レスキュアー」でしょうか?
※レスキュアーは”Rescue(救助する)”という言葉から来ていて、救助ー者、助け舟を出す人、救援者などという意味があります。
レスキュアーかどうか?チェックリスト:
- 自分のために時間を使うことや自分が楽しむことに罪悪感を感じる?
- 相手がことばに詰まるとき、変わりに代弁しようとする?
- 自分の境界線を作ってもすぐに破ってしまう?
- 相手が自分の肩を使って泣くとき嬉しいと思う?
- 相手が自分の助けを十分に感謝していないように感じる?
- 自分のことより相手の面倒を見るほうを優先してしまう?
- 相手が話しているのに割り込んで話してしまう?
- いつもどうしたら自分がもっと助けられるか考えている?
- 相手の行動に対して感情的にも精神的にも言い訳をしがち?
- 相手よりも自分が苦労するべきと感じている?
- 相手がやりたくないことがあるとき、代わりにやってあげてしまう?
- 相手が嫌がるからという理由で自分がやりたいことをあきらめてしまう?
- 相手にとって何がベストかは自分が一番良くわかっていると確信している?
- 自分がいなければ相手はやっていけないと思う?
- “私たちは”と言ってしまってから相手の承諾を得ていなかったことに気づいたりする?
- 自分がすることや言うことで相手がどう反応するかをまず考えて立ち止まってしまう?
- 傷ついている人や助けを必要としている人をみるとどうしても放っておけない?
- ただ助けようとしただけなのにけむたがられることがある?
- 求められてもいない、受け入れてももらえないアドバイスを与えてしまうことがある?
もしこれらの質問の多くにイエスが多かった人は、レスキュアーモードに入ってしまっている可能性があります!
じゃあ一体、レスキュアーって何?
私たち誰でも、相手を助けたり何か価値があると思えるようなことをすることによって「自分の価値を見いだそうとしている」ことって、案外多いと思います。
でも、もっと言ってしまえば、ある人は、「自分が捨てられるのが怖い」から、「捨てることがない弱い相手」をあえて選ぶこともあるんじゃないでしょうか?
必要とされたいから、「この相手なら必要だから自分を捨てないだろう」っていう相手を無意識のうちにも選んでしまうこと。
自分のことも相手のこともフェアに見て、相手を選んでいきたいですね。
そして、大切な相手にとって自分がレスキュアーを演じてしまうことがないようにもしたいものです!



